2006年、私は大学を1年休んで、アメリカのアリゾナ州立大学の語学プログラムに通いました。
かかったお金は、460万円。
そして帰国してTOEICを受けたとき、点数はほとんど動いていませんでした。上がったのは30点ほど。受ける前の私は、800点くらいは取れているだろうと思っていました。
こう書くと、失敗談に見えるかもしれない。でも私は、行ってよかったと思っています。
この記事では、何にいくらかかったのか、何が伸びて何が伸びなかったのか、そして20年経ったいま何が残っているのかを書きます。留学を勧める話でも、やめておけという話でもない。私の場合はこうだった、という一件の記録です。
始まりは、小学6年生のハワイでした
私が初めて海外に行ったのは、小学6年生のときです。家族でハワイに行きました。
三人兄弟の長男で、それまで日本の外を知らなかった。飛行機を降りたときの空気の温度も、街の看板も、道を歩いている人の様子も、全部が違った。新鮮だった、という言葉では足りない感じがありました。
両親もハワイを気に入って、そこから2年に1度くらいのペースで家族旅行に行くようになります。私が高校生、大学生になるころまで続きました。
そのあいだ、ずっと残っていた気持ちがあります。「もっと知りたい」でした。旅行では足りない。住んでみないと分からないことがあるはずだ、と思っていたんです。
大学に入って、部活をやりながらアルバイトを始めます。土木の現場にも入りましたし、コンビニでも働きました。やっていたこと自体は、特別でもなんでもない。貯めている理由がはっきりしていただけです。
なぜアリゾナを選んだのか。理由はハワイでした
留学先をどう選んだか。ここは正直に書きます。比べていない。
大学1年か2年のころ、ハワイで柔道のキャンプがあって、私はそこに参加しました。小学1年生から柔道をやっていて、高校も大学も、その延長で続けていた時期。
そのキャンプで、同い年のアメリカ人と知り合いました。その人が住んでいたのが、アリゾナ。
そのあと、共通の先生を介してもう一度つながります。そこで「アリゾナに行くなら」という話になりました。知っている人が、近くにいる。私が決め手にしたのは、それだけなんです。
学校のランキングも、プログラムの評判も、他の国との費用比較も、ほとんど見ていません。いま振り返れば、雑。でも当時の私にとっては、それがいちばん大事な条件でした。
そして、書きながら気づいたことがあります。初めての海外がハワイで、留学のきっかけになった出会いもハワイでした。10年空けて、同じ場所が2回出てきている。狙ったわけではありません。
語学留学に、いくらかかるのか
結論から言うと、私の場合は460万円でした。内訳はこうなる。
| 項目 | 金額 | 中身 |
|---|---|---|
| 現地でかかった費用 | 約400万円 | 語学学校の学費、住居、生活費、家賃、航空券 |
| 日本の大学の授業料 | 60万円 | 休学中も、前期分の授業料を払う必要があった |
| 合計 | 460万円 | — |
見落としやすいのは、下の60万円のほうです。
留学費用の話は、たいてい「学校にいくら、生活費にいくら」で終わる。でも大学生が休学して行く場合、日本の大学に納めるお金が並行して発生することがあります。
💡 休学中の学費をどう扱うかは、大学の学則で決まっています。私の大学は、休学しても前期分の授業料が必要でした。参考までに、文部科学省の調査によると、私立大学(学部)の授業料は平均で年間968,069円です。1年休むあいだに、この規模のお金が動く可能性があるということになります。休学を決める前に、自分の大学の学則を見ておきましょう。
※出典:文部科学省「私立大学等の令和7年度入学者に係る学生納付金等調査結果について」(2025年12月26日公表・私立大学592校を集計)。金額は学校や学部によって大きく変わります。
お金の出どころも書いておく。
- アルバイトで貯めた自己資金 100万円
- 両親から借りた 360万円
借りた360万円は、就職してから毎月10万円ずつ、3年かけて返しました。
ここは書いておきたいところです。私は「出してもらった」のではなく「借りた」形にしました。当時はそれが筋だと思ったから。ただ、返している3年間、毎月の10万円は軽くなかった。社会人になりたての手取りから、その額が毎月出ていきます。
点数は、ほとんど動きませんでした
帰国してTOEICを受けたときの話。
受ける前の私には、手応えがありました。1年間アメリカにいて、生活を全部英語で回していたわけです。それでも800点くらいは取れているだろう、と思っていた。
結果は、行く前とほとんど変わっていませんでした。上がったのは30点ほどだったと思います。
※スコアの記録は手元に残っていません。この数字は記憶で書いています。
なぜこれほどズレたのか。あとから考えると、はっきりしている。私が1年で伸ばしたものと、TOEICが測っているものが、違っていたからです。
アカデミックな英語、つまり読んで書くほうは、まったくダメでした。1年間、そこをほとんど鍛えていない。伸びたのは、話すことに対する物怖じのなさでした。
向こうに行けば、住むところを自分で契約しなければいけません。役所の手続きもあります。銀行も、買い物も、困ったときの説明も、全部自分でやることになる。相手は当然、英語を話す人です。
うまい英語である必要はありませんでした。伝わればよかったんです。その1年で、私は「間違えても話す」ことに抵抗がなくなりました。
これは、体重計の数字は変わっていないのに、階段で息が切れなくなっているようなものです。測っている指標が、変わったところを拾えていない。だからといって、何も変わっていないわけではありません。
ただ、はっきりさせておきます。スコアを上げたいなら、留学は効率のいい手段ではありません。私の1年が、それを示している。
日本人のコミュニティに、入ってしまいました
いちばん書きにくいところを書きます。
アリゾナに行く前、私は決めていました。日本人とはつるまない。せっかく行くのだから、英語しか通じない環境に自分を置く、と。
行ってみたら、日本人がいました。アジア圏から来ている学生もたくさんいます。語学プログラムというのは、そういう場所。
最初のうちは、意識して距離を取っていました。でも、結局は入ってしまいました。
理由を並べれば、いくらでも出てきます。手続きで困ったとき、日本語で相談できる相手がいるのは楽です。食べ物の話も、家探しの話も、通じる相手のほうが早い。
でも本当のところは、そのほうが楽だったからです。
これは、泳げるようになりたくて海に入ったのに、浮き輪を持ったまま入っているようなものでした。浮き輪があれば沈まない。ただ、泳げるようにはなりません。
だから、これから行く人には、環境の設計を先に考えておくことを勧めます。寮にするのかホームステイにするのか。日本人が少ないプログラムを選ぶのか。行ってからの意志に頼らないほうがいい。私の意志は、もちませんでした。
オンライン英会話と語学留学は、何が違うのか
2006年には、オンライン英会話がありませんでした。いまは月に数千円で、毎日、外国人講師と話せます。
では留学の意味はなくなったのか。私はそうは思いません。伸ばせるものが違うから。
| 項目 | オンライン英会話 | 語学留学 |
|---|---|---|
| 費用の桁 | 月額 数千円〜 | 数十万〜数百万円 |
| 話す機会 | レッスンの時間だけ | 生活のすべて |
| 話す相手 | 講師(こちらに合わせてくれる) | 店員、大家、役所、友人(合わせてくれない) |
| 逃げ場 | ある。切ればいい | ない。生活が止まる |
| 伸びやすいもの | 発話の量、型、続けやすさ | 物怖じのなさ、文化への理解 |
| 向いている人 | 費用と時間を抑えたい。自分で続けられる | まとまった時間が取れる。環境ごと変えたい |
いちばん大きな違いは「逃げ場があるかどうか」だと思っています。
オンラインのレッスンは、うまくいかなければ切れます。講師はこちらのレベルに合わせてくれる。それは学びやすさとして優れていますが、追い込まれることはありません。
現地では、家の契約が通らなければ、住むところがない。伝わるまでやるしかないんです。私の物怖じのなさは、そこで作られました。
ここからは私の話です。実は、タイに移る前にオンライン英会話を1、2回試しました。フィリピン人講師のサービス。正直に言うと、私はあまりハマりませんでした。
ただこれは、サービスが悪いという話ではない。私が、追い込まれない状況で語学の勉強を続けられるタイプではなかった、というだけの話です。続けられる人にとっては、これほど費用対効果のいい手段はないと思います。
就職では、効きませんでした
正直に書く。帰国後の就職活動でも、入社してからの仕事でも、この1年が大きなプラスになったことはありませんでした。
私が入ったのは印刷会社で、配属されたのは工場の生産管理です。英語を使う場面はない。面接で留学の話をした記憶はありますが、それが決め手になった感触もありませんでした。
460万円と1年を投じて、履歴書の上では、ほとんど何も起きなかった。
では何が残ったのか。20年経って、はっきり言えることがひとつあります。日本の常識が通じない場所での、心の落ち着かせ方です。
向こうにいると、こちらが当たり前だと思っていることが通りません。順番が守られない。時間どおりに来ない。書類が揃わない。日本の感覚で毎回腹を立てていたら、こちらの体力がもたないんです。
「そういうものだ」と受け取って、次の手を考える。この切り替えを、私は21歳の1年間で覚えました。
いま私は、家族でタイのチェンマイに住んでいます。役所の手続きも、家の契約も、日本のようには進まない。そのたびに腹を立てずにいられるのは、20年前のあの1年があるからだと思っています。
履歴書には書けません。20年かかって効いてきました。
まとめ:行く前に決めておくこと
これから考える人に向けて、4つに整理します。
| 決めておくこと | 考え方 |
|---|---|
| ① 何を伸ばしたいのか | スコアが目的なら、留学は効率のいい手段ではありません。話す度胸や、環境ごと変えることが目的なら向いています |
| ② 日本語から離れる設計 | 行ってからの意志に頼らないほうがいい。住まいの形やプログラムの構成で、先に決めておきましょう |
| ③ お金の全体像 | 現地の費用だけでなく、日本側で並行して発生するお金(大学の学費など)も足して計算しましょう |
| ④ お金の出どころ | 自分で出すのか、借りるのか、出してもらうのか。借りるなら、返し終わるまでの期間も見ておきましょう |
そのうえで、留学に限らない話をひとつ書いておきます。
20代までのうちには一度は日本の外に出ておいたほうがいい。私はそう思っています。
いまは情報がいくらでも取れます。動画でも、旅行した人の話でも、現地の様子は見られる。それでも、その場所に立って感じる空気や、文化の違いに戸惑う経験は、行かないと手に入りません。留学でなくてもかまいません。働きに行っても、しばらく滞在するだけでもいい。
460万円かけて、点数はほとんど上がりませんでした。それでも私は、行ってよかったと思っています。
💡 学ぶことにお金を使う判断は、仕事や住まいの判断と地続きです。関連する記事として、昇進が決まった年に、会社を辞めた話と、持ち家か賃貸かで、私は悩みませんでしたも書いています。どれも、比べて決めたというより、先に決めてから比べた話です。

