仕事・キャリア

辞めますと言って、17日後に撤回しました。そのあと、社内では何も起きませんでした

2020年10月、上司に辞めますと伝えて、17日後に撤回しました。いちばん知りたいのは「そのあとどうなるか」だと思うので、先に書きます。社内では何も起きませんでした。怒られず、笑われ、自分では「エセ退職」「ピエロ」と書いていた17日間の記録です。

コンクリートの梁越しに見上げるオフィスビル。勤め先へ向かう朝のイメージ

2020年10月1日の夕方、私は妻にこう送っています。

「明日会社辞めるっていうわ!」

翌日、上司に伝えました。そして17日後に撤回しています。

いちばん知りたいのは、そのあとどうなったか、だと思います。先に答えを書きます。社内では、何も起きませんでした。

この記事に書くのは、辞意を伝えてから撤回するまでの17日間と、そのあとの5年。撤回を勧めるものでも、責めるものでもありません。やった側の記録です。

10月2日、課長は絶句した

当日の15時42分、私は妻に2通送っています。

「課長は、朝話して絶句」

「部長は、よくわからんが、1時間半説得された!笑」

朝に課長、そのあと部長。1時間半です。

「よくわからんが」と書いているのが、当時の実感だと思います。何を説得されたかを、その日のうちに要約できていない。1時間半話して、残ったのが「よくわからんが」でした。

引き止めというのは、たぶんそういうものです。論破されて残るのではなく、輪郭がぼやけて残る。

その3日前、同じ部署の人が実際に辞めていました。辞めた人を見た週に、自分も言っている。いま並べると、そう見えます。

5日後、お金の計算をしていた

10月7日の朝、私たちはお金の話をしています。私が書いたのはこれです。

「まずは、今のまま運用してみよう! ひとまずは、1月まではお給料あるからな!」

「そのあと2ヶ月ほどは、退職金と自分の利益を使って」

「その後は、失業保険と自身の利益を使って」

3段階で組んでいます。給料 → 退職金と副業の利益 → 失業保険と利益。

妻のほうは、こう書いています。

「お金は一度考えてみよう! おれの給料からできるところを! 削減できるとこがどこかと」

「投資は割合減らせば良いし!」

止めていません。削るところを探し始めている。

💡 いま読み返して思うのは、この計算がいちばんまともだったということです。金額は具体的で、順番も決まっている。つまり、お金は問題ではなかった。それでも撤回しました。理由は別のところにあります。

17日目、「もうちょっと続けます」

10月19日の朝5時3分、私は家を出るときにこう送っています。

「ださいおれ 行ってくる」

「今日で、ほぼほぼ片付けてくるわ!!笑 ダサくて、すんませんーってな!笑」

妻の返しがこれです。

「すごい怒涛の1ヶ月でしたな」

そして7時2分。

「もうちょっと続けます! っていうといた!!!」

17日で撤回しました。

その日、3回笑われている

同じ日のログに、こう並んでいます。

時刻できごと
7:02部長に伝えた。「笑われたぞ!!!笑」
10:53別の上司にも「笑われた!!!笑」
11:19さらに別の人に報告。「たぶん、全然覚えてなさそうだけどな!!笑」

怒られていません。笑われています。

自分でも、そう受け止めていました。11時55分、私はこう書いています。

「おれは、ピエロや」

妻の返事は「わたるくんはマジでやばす」、そのあとに「まあ、粛々とやろ」でした。

その日、妻には役職がついた

同じ10月19日の話です。

その日は、会社の異動の内示が出る時期でした。妻の会社も同じで、昼前にこう届いています。

「役職ついたぞ! アシスタントマネージャーや!」

私が撤回を伝えた日に、妻には役職がついています。

そのあとのやりとりが、これです。

  • 妻「いや、そんなたいそーなものではない」「主任の一個下?」「よくわからん」「横文字や」「かっこええな」
  • 私「おれは、ピエロや」
  • 妻「わたしアシスタントマネージャー」「わたるくんやばす」

同じ日に、片方は昇進して、片方はピエロと自称している。

いま読むと笑ってしまいますが、当時もそうでした。深刻になっていません。この温度で処理できたことが、たぶんいちばん効いています。

自分では「エセ退職」と書いていた

3日後の10月22日。

「エセ退職や」

自分でそう名づけています。

そして10月27日、本部長との面談がありました。

「今日も、本部長面談で同じようなこと言われた!笑 お前は本当に、軽薄なやつだな。と!笑」

「軽薄なやつだな」。これがいちばんきつい言葉でした。そして、その日のうちに「笑」を2つ付けて妻に送っています。

それで、社内ではどうなったか

ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。

何も変わりませんでした。

評価が下がったわけでも、仕事を外されたわけでもありません。周りの反応は、「面白いな」に近いものでした。腫れ物に触るような扱いも、無かった。

正直に言うと、私はそういう空気を作らないタイプでもあります。愚痴を言いません。撤回したあとも、それについて社内で何かを言った記憶がない。言わなければ、話題も続きません。

そして私は、そこから5年、同じ会社にいました。2025年に改めて辞めますと伝えて、2026年4月に退職しています。その話は昇進が決まった年に会社を辞めた記事に書きました。

5年前に「軽薄なやつだな」と言われたことは、2度目のときに何の影響もありませんでした。

では、なぜ撤回したのか

お金は計算できていました。3日前に同僚が辞めるのも見ています。副業も、その年は動いていた。LP制作の依頼が来て、受注の手前まで進んでいます。

それでも答えられませんでした。聞かれたのは、たぶん「何をやるのか」です。

答えられなかったのは「できるか」ではなく、「それを続けたいか」だった、といまは思っています。証拠は、その1週間後。10月26日、同じ会社の人からWebの仕事を頼まれて、私はこう書いています。

「おれ、Web制作は引退したと思ったんだけどな。笑」

受注できるようになった直後に、もう引退した気でいる。その年の詳しい話は1日6時間半勉強した年の記事にあります。

撤回を迷っている方へ

使える形にしておきます。

気になること私の場合
社内での扱いは変わるか変わらなかった。5年後に改めて辞めたときも影響なし
上司の反応怒られなかった。笑われた
いちばんきつかったもの「軽薄なやつだな」(本部長)。言葉だけで、実害はなかった
自分の中での扱い「エセ退職」「ピエロ」と書いている。外より内のほうが厳しい
撤回した本当の理由お金でも準備でもなく、「それを続けたいか」に答えがなかった

いちばん書いておきたいのは、4行目です。

外から言われたことより、自分でつけた名前のほうが長く残ります。「エセ退職」も「ピエロ」も、誰にも言われていません。私が自分で書いた。

撤回して困ることがあるとすれば、それは職場の扱いではなく、自分が自分をどう呼ぶかのほうだと思っています。

1回目と2回目で、はっきり違ったこともあります。

2回目のとき、私はすでに会社を作っていました。設立が2025年10月30日で、辞めますと伝えたのが同じ年の11月。先に法人があって、そのあとに伝えています。

1回目は逆でした。伝えてから、何をやるかを考えようとした。その順番だと、17日で止まります。

順番の話は18年勤めた会社を辞めるまでの記事に書きました。

そして、もうひとつ。撤回は、次を消しません。私は5年後に、同じ会社で同じことをもう一度やって、今度は辞めました。1回目があったから2回目ができたとまでは言いませんが、1回目があったせいで2回目ができなかった、ということも無かったのは確かです。

※この記事の日付とやりとりは、私自身の当時の記録です。上司・同僚の名前は書いていません。社内の反応は勤め先と人によって大きく変わります。私の一例です。

この記事の制作について

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