恋愛・結婚

「お前に合ってる」と言われた人と、2年後に結婚しました

同じ会社の同僚に「お前に合ってる」と言われた2年後、その人と結婚しました。出会って3か月、付き合って1か月でのプロポーズ。自分で決めたつもりの判断に、人が入っていた話です。

道の真ん中を並んで歩く二人の後ろ姿

妻とは、同じ会社で出会いました。

私は東京で、印刷物の生産管理をしていました。妻は関西で営業です。

営業と生産管理は、案件があればどうしてもぶつかる関係にあります。営業が客先と決めてきた条件を、生産管理が「その日程では無理です」と返す。そういう役回りでした。

妻が担当していた案件を、東京で生産することになりました。そこで初めてやりとりが生まれます。地域をまたいだ案件だったので、電話とメールだけの関係です。顔を合わせる機会も、そう多くありませんでした。

ただ、そのときに私が「いいな」と思ったわけではない。先に言ったのは、別の人でした。

「お前に、すごく合ってる人なんだよね」

関西にも、私と同じような生産管理の担当がいます。その人とは仲が良かった。彼が、そう言ったんです。

意識するようになったのは、そこからでした。

自分で見つけた、という話ではありません

この記事で書きたいのは、そこです。

結婚の話は、たいてい「出会って、惹かれて、決めた」という順で語られる。私の場合は違いました。私が「この人かな」と思う前に、そう言った人がいた。

順番が逆なんです。

これは、服を選ぶときに似ています。鏡の前で自分だけ見ていても、なかなか決まりません。店員に「似合いますよ」と言われて、はじめて「そうかもしれない」と思う。自分のことは、自分からはよく見えません。

2年間は、連絡頻度は高くなかった

やりとりは続きました。ただ、そこから何かが始まったわけではない。

理由はいくつもあります。物理的に遠かった。私は東京、妻は関西。頻繁に会う理由がありません。

そして、お互いに相手がいました。うまくいっていたかというと、どちらもそうではなかったのですが、いたことに変わりはない。

仕事の上では連絡を取っていた。それでも、だんだん少なくなっていきます。

途切れたというより、細くなって、消えたという感じでした。

当時はLINEがありません。連絡手段は会社のメールだけです。用事がなくなれば、それで終わり。

いま思うと、あの時代の連絡は、いちいち理由が要りました。「お元気ですか」だけのメールは送りにくい。件名を書いて、宛名を書いて、用件を書く。その形式が、そのまま距離になっていた気がします。

再会のきっかけも、同じ人でした

2012年。私から連絡しました。

きっかけは、食事の席でした。相手は、最初に「お前に合ってる」と言った、あの関西の生産管理の担当。

その場でLINEの話になりました。当時、出たばかりのアプリです。そこから彼女の話になって、私が連絡をする。

同じ人が、2回とも間に入っています。最初に意識するきっかけを作り、2年後に再会のきっかけも作った。狙ってやったことではないと思います。ただ、事実としてそうなっています。

6月ごろからやりとりが始まりました。

7月に会って、8月にプロポーズしています

7月に、初めて二人で会いました。その日に、付き合うことになる。

そして翌月、プロポーズしました。

場所は、海沿いのカフェ。何かを用意していたわけではありません。思い立ったように、その場で言いました。

自分でも早いと思う。付き合ってひと月です。ただ、そのときに考えていたのは「お互い、なんとなく合っているのかな」ということだけでした。

9月に両親へ挨拶をして、その年のうちに結婚しています。

反対は、誰からもありませんでした。両親からも、周りからも。「早すぎる」と言われた記憶がありません。

これも、いま思えばです。二人とも同じ会社にいました。周りには、私を知っている人と、妻を知っている人が両方いた。判断が私たちだけで閉じていなかったのは、たぶんそこが大きい。

最初に「合ってる」と言った人がいたのと、同じ構造です。私たちが決める前から、周りは両方を見ていました。

なぜ、そんなに早く決められたのか

いま振り返って、理由を言葉にしてみます。

ひとつは、判断がすでに一度、外を通っていたことです。私が自分で決める前に、私を知っている人が「合っている」と言っていました。その言葉を2年持ったまま、再会した。

もうひとつは、条件を並べなかったことです。年収も、家族構成も、将来設計も、比べていません。比べていたら、大阪と東京という距離が最初に出てきて、そこで止まっていたはず。

先に決めて、確かめるのはそのあと。これは、私がその後もずっとやっている決め方でした。

旅行の計画に似ています。先に行き先を決めてから、現地の店や移動を調べる人がいる。逆に、全部調べてから行き先を決める人もいます。後者のほうが失敗は少ない。ただ、出発は遅くなる。私は前者でした。

早く決めることの、いい面と危ない面

結論から言うと、早いこと自体は、いいことでも悪いことでもない。問題は、早さではなく、何を飛ばしたかです。

飛ばしてよかったもの飛ばすと危ないもの
年収や肩書きの比較お金の考え方(貯める人か、使う人か)
将来の細かい設計働き方の前提(転勤、転職、独立の可能性)
周りの評判健康と家族のこと
「もっといい人がいるかも」という比較住む場所の希望(お互いの地元をどう扱うか)

私の場合、左は全部飛ばしました。右については、結果的に大きくずれていなかったというだけです。運の要素があります。

たとえばお金の考え方。これは付き合う前の仕事のやりとりで、なんとなく見えていました。数字に対してどう反応するか、無理な条件をどう扱うか。仕事で組んだことがある相手だと、そこが先に出ます。

働き方についても同じ。二人とも同じ会社にいたので、この仕事がどういうものかは、説明しなくても通じます。結婚を決めるときに確かめなかったことの一部を、仕事のときに見ていたことになります。

だから私の例は、そのままは使えません。同じ職場で先に働いていた、という前提が入っています。

💡 早く決めた人が語りがちなのは「直感を信じてよかった」です。でも直感は、当たったときにしか語られない。外れた話は残らないので、成功例だけが目立ちます。私の話も、うまくいった側の一件でしかない。参考にするなら、「早く決めていい」ではなく「何を飛ばしているかは、自覚しておいたほうがいい」のほうです。

※ここに書いたのは私個人の経験です。結婚をめぐる判断は人によって条件が違います。当てはめずに読んでください。

「この人かな」を、いま言葉にすると

決め手を聞かれても、当時の私は答えられませんでした。「この人かな」と思った。それ以上の言葉がなかった。

14年たったいま、言葉にしてみる。

同じものを見て、同じところで面白がれる人だった、というのが近い気がする。仕事で関わっていたときから、返ってくる反応が想像とずれなかった。ずれないことに気づいていたのに、言葉にできていなかった。

決め手は、あとから言葉になる。決めるときには、まだ言葉になっていません。

だから「言葉にできないから、まだ決められない」という理由で待つのは、順番が逆かもしれません。少なくとも私の場合は、逆でした。

まとめ

振り返って言えること中身
① 自分の判断を、一度、人の目に通す自分のことは自分から見えません。よく知っている人の一言が効くことがあります
② 比べる項目を、意識して減らす全部比べると、距離や条件が先に出て止まります
③ ただし、飛ばした項目は覚えておくお金の考え方、働き方、住む場所。あとから効いてきます
④ 決め手が言葉にならなくても、それは普通言葉になるのは、だいたいあとです

最初に「お前に合ってる」と言ってくれた人とは、いまも付き合いがある。

あのとき彼が言わなければ、私は意識しないままだったかもしれません。自分で決めたつもりの判断に、人が入っていることがあります。私の場合は、それが2回ありました。

💡 人生の大きい判断は、だいたい隣の判断とつながっている。関連する記事として、昇進が決まった年に、会社を辞めた話と、持ち家か賃貸かで、私は悩みませんでしたも書いています。どちらも、先に決めて、比べるのはそのあとでした。

この記事の制作について

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