仕事・キャリア

昇進が決まった年に、会社を辞めた。4年前は、引き止められて撤回した

夕暮れの電車の車内から、窓の外に広がる田園と山を見ている乗客の後ろ姿

2025年11月、課長試験に合格しました。そして同じ月に、辞めますと伝えました。

試験は、自分から受けたいと言ったものではありません。会社が受けさせるものです。それでも合格すれば、次の何年かの居場所は決まる。周りもそう見る。その月に、降りました。迷惑をかけることも、周りにどう見えるかも、分かったうえでの判断です。

18年勤めた会社でした。

2008年に入社して、配属は印刷の生産管理。営業を希望していたので、望んだ配属ではない。工場で作業着を着て、印刷機の予定を組む毎日。辞めたいという気持ちは、そのころからありました。9年目に販促品の企画制作へ移ってからは、企画も営業も自分でやるようになります。そこからは、好きな仕事。楽しい仕事を、ずっとやらせてもらったんです。

それでも、辞めました。

ここまで読むと「辞める理由がないのに辞めた話」に見えるかもしれません。でも、この話には前がある。

私は2021年にも、同じ上司に「辞めます」と言っています。そのときは引き止められて、撤回。同じ会社の、同じ人に、4年空けて2回。1回目は撤回して、2回目は撤回しなかった。

何が違ったのか。

話し方ではないんです。

2021年、「自由って一体何だ」と聞かれた

2021年、同じ上司に「辞めます」と伝えました。当時の部長です。聞かれたのは2つでした。「なんで辞めたいのか」。そして、「自由って一体何だ」。

私はこう答えています。「場所を選ばずに働ける環境です」と。

言った瞬間に、答えとして弱いことは自分でも分かりました。そのころはコロナ禍で、会社はリモートワークを推奨していたからです。私も家で働いていた。つまり、私が自由と呼んだものは、辞めなくても、もう手に入っていたんです。

上司から見れば、私はすでに家から働いていました。その状態で「場所を選ばずに働ける環境がほしいので辞めます」と言っている。答えになっていないことは、聞いた側のほうがよく分かっていたと思います。

「手段と目的を履き違えているな」

そう言われました。そのときは、まだ意味が分かりませんでした。自由になりたいと思って、そのために辞めようとしている。順番としておかしいところがあるとは思えなかったんです。

分かったのは、この少しあとでした。

「舐めてるよね」と言われた日

上司は、引き止めただけではありませんでした。自分の友達を紹介してくれたんです。Web制作とWebマーケティングを仕事にしている人。私がこれからやろうとしている、まさにその仕事を、すでにやっている人です。

会いに行きました。

当時はまだAIがありません。コーディングは自分でやるのが当たり前の時代。私は、それができませんでした。

聞かれました。「コーディング好きで、できるのか」と。私は答えました。「好きでもないしできないので、外注します。ただ、仕事は取ってディレクションします」と。

もう一つ聞かれました。「なぜその仕事をやるの?」と。私はこう答えています。「場所を選ばずにできるし、自由に仕事をするのが目的です」

返ってきたのは、一言でした。

「舐めてるよね」

そこで、やっと分かりました。私は、好きでもない、しかも自分にはできない仕事を選んでいたんです。しかもその仕事を選んだ理由は、その仕事がやりたいからではありません。自由になりたくて、その手段として仕事を探していた。だから、できるかどうかを後回しにしていました。

上司が言った「手段と目的を履き違えている」は、これのことです。

辞めるのを、撤回しました。

4年後、同じ上司に、もう一度言った

覚悟が決まったのは2025年の6月です。伝えたのは11月でした。あいだが5か月ある。

その11月、私は課長試験に合格していました。冒頭に書いたとおりです。それでも、同じ月に辞めますと伝えました。

上司は4年前と同じ人です。聞かれたことも、2つでした。「まずは何やるんだ?」。そして、「資金面は大丈夫なのか?」。

私は答えました。やることが決まっていたからです。タイへ家族全員で移住をして、会社の後半9年でやってきた販促の企画と生産管理を、外から業務委託で受ける。売上に対して決まった割合をいただく形です。お金のほうも、答えられました。

それで、終わりました。引き止めは、ありませんでした。

引き止めは、説得ではなく「問い」だった

4年前と、聞かれたことはほとんど同じです。何をやるのか。お金は大丈夫か。

2021年も、私は同じことを聞かれています。上司の友達に「なぜその仕事をやるの?」と聞かれ、「できるのか」と聞かれました。順番が違うだけで、中身は同じなんです。

違ったのは、答えられたかどうかだけでした。

問われたこと2021年の私2025年の私
何をやるのか自由にできる仕事、と目的を答えた海外で今までやってきた販促の仕事、と答えた
できるのか好きでもないし、できない。外注する自分がやってきた仕事なのでできる
お金は大丈夫か答えられない答えられた
結果撤回した引き止めはなかった

退職の切り出し方を調べると、言い方の話がたくさん出てきます。退職理由はこう伝えろ。引き止められたらこう返せ。私も4年前に読みました。

でも、私が撤回した理由は、言い方ではありません。聞かれて、答えられなかったからです。

しかも、相手が意地悪をしたわけでもないんです。私がまだ自分で答えていない問いを、先に聞かれただけ。自分でも答えを持っていないから、その場で作れない。作れないから、揺らぐ。揺らいだから、撤回する。

引き止めとは、そういうものだと思っています。

準備の重さは、選んだ手段が決めていた

覚悟が決まってから伝えるまでの5か月で、やったことは4つです。海外に移ったあと自分がリモートで何をできるのか。事業の計画。資金の計画。そして、移る国の選定と、その国のリスクと、ビザの状態。

このうち事業計画は、たいして書いていません。金融機関に見せるためのものなので、形式を整えた程度。資金についても、借入はしませんでした。

これは私が慎重だったからではありません。そもそも持ち出しが要らない仕事を選んだからです。

いまやっているのは、会社でやっていた販促の仕事を、別の会社から業務委託として受ける形です。売上に対して決まった割合をいただく。売掛金の管理は委託元がやってくれます。仕入れがない。在庫がない。回収のリスクを自分で抱えない。だから借りる必要がなく、事業計画も薄くて済んだんです。

4年前と比べると、はっきりします。2021年に選ぼうとしていたのはWeb制作とWebマーケティングでした。自分でコーディングができないので、外注することになります。外注するには先にお金が要る。お金が要るなら、事業計画も資金計画も要る。そして、その計画を作れるだけの中身が、当時の私にはありませんでした。

選んだ手段が、必要な準備の量を決めていたんです。

引っ越しに似ています。家具を全部買い替えて新しい部屋を作るつもりなら、先にお金も計画も要る。いま使っているものをそのまま持っていくなら、要るのはトラックだけ。4年前の私がやろうとしたのは前の方で、実際にやったのは後の方でした。

独立するには事業計画書を作らなければいけない、と私も思っていました。実際は、逆。先に手段を選び直したから、準備が軽くなったのです。

もうひとつ、正直に書いておきます。私には給与以外の収入がありました。読んでくださっている方と、同じ条件ではない。ただ、いまの話は金額の大きさではなく、聞かれたときに答えられる状態だったかどうかの話です。

切り出す前に、戻れなくしていた

順番を並べると、こうなります。

  • 6月中旬:一緒に仕事をしていた後輩に、先に話した。会社に正式に伝えるより前
  • 10月30日:会社を設立
  • 11月下旬:上司に「辞めます」と伝えた。同じ月に、課長試験の合格が出た

家族には、もっと前に話しています。妻が最初。仲のいい友人にも言っていました。会社は、いちばん最後。

こうして並べると、私は言う前にもう戻れなくなっていたのが分かります。4年前は逆。何も決まっていない状態で、先に会社に言ったんです。だから聞かれて答えられず、揺らいで、撤回しました。

ただし、6月中旬に後輩へ先に話したことについては、よかったとは書けません。会社に正式に伝える前に現場へ話すことには、当然、別の見方がある。私はそうしました、というだけです。

「自由」を、定義し直した

4年前、私は自由を「場所を選ばずに働ける環境」だと答えました。そしてそれは、辞めなくても手に入っていた。

いまの私にとっての自由は、別のものです。

会社員だったころ、毎年年末に翌年の目標を考えていました。考えるのですが、明確な目標が出てこないんです。書けと言われれば書ける。でも、自分の言葉ではありませんでした。

いまは、ぽんぽん出てきます。安定して回る仕組みを作る。月に100万円を安定して稼げる事業にする。具体的な数字と期限がついた目標が、自分の中から出てくるようになりました。40を過ぎて、頭を使って、動いて、結果を見て、また直す。それを繰り返しています。

自由とは、働く場所のことではありませんでした。来年の目標を、自分の言葉で言えるようになることでした。

念のために書いておきます。仕事はまだ安定していない。マネタイズも十分にできていない。いま、いちばん怖いのはそこです。

退職を切り出す前に、決めておくことは?

ここからは、私の経験をもとに整理します。

結論から言うと、切り出す前に決めておくべきなのは、会社から聞かれる2つの問いに、自分で先に答えを持っておくことです。

会社は、何を聞いてくるのか

私が2回とも聞かれたのは、次の2つ。

  • 何をやるのか
  • 資金面は大丈夫か

会社は、細かく検証してきません。資金の明細を出せとも、事業計画を見せろとも言われていません。「お金はあるのか」と聞かれただけ。答えられるかどうか、それだけでした。

「何をやるのか」に、どう答えるとよいか

やろうとしている仕事そのものを答えましょう。「自由になりたい」は目的であって、仕事ではありません。私はそう答えて、「舐めてるよね」と言われました。

あわせて、それが自分にできることかどうかも確認しておくとよいでしょう。やりたいことと、できることは違います。できない部分を外注で埋めようとすると、そこから先の準備が全部重くなります。外注費が要る。だから資金計画が要る。だから事業計画が要る、という順に膨らんでいきます。

💡手段を選び直すと、準備が軽くなる

私の場合、4年前に選ぼうとしたのは、自分にできない仕事でした。4年後に選んだのは、会社で9年やってきた仕事。仕入れも在庫も回収リスクもない形だったので、借入も要らず、事業計画も薄くて済んだ。準備の重さは、選んだ手段が決めています。

伝える順番は、どうするとよいか

決まっていない状態で先に言うと、揺らぐ。私が4年前に撤回したのは、そこでした。

私の場合は、家族に先に伝え、会社を作り、そのうえで会社に伝えました。ここまで進めてから言うと、聞かれても揺らぎません。

※どこまで進めてから伝えるかは、職場との関係や引き継ぎの事情によって変わります。ここは各自の状況で判断してください。

切り出す前のチェックリスト

  • 「何をやるのか」を、仕事の名前で言えるか
  • それは自分にできることか。できない部分はどこか
  • そこに資金はいくら要るのか、要らないのか
  • 「資金面は大丈夫か」と聞かれて、その場で答えられるか
  • 家族には、先に伝えてあるか

この5つに答えられる状態なら、引き止めは起きにくくなります。逆に、どれか1つでも自分の中で空欄なら、そこを先に聞かれる。

最後に

4年前、私は自分の外に手段を探しました。Web制作とWebマーケティングです。できませんでした。

4年後に選んだのは、9年目から辞めるまでやってきた、販促の仕事そのもの。

2008年に配属されたとき、私は営業に行きたかった。工場で作業着を着て印刷機の予定を組む仕事は、望んだものではない。辞めたいと思っていました。それが9年目に部署が変わって、販促品の企画と生産管理になります。そこからは、好きな仕事。

いまの商売は、その仕事から派生している。

自分で選んだ配属ではないところから始まって、その途中で出会った仕事が、辞めるための土台になりました。外に探しに行ったときは、見つからなかったんです。足元にあった。

そのことに、辞めてから気づきました。

💡 会社を辞める判断の周りには、お金と住まいの話がついてきます。辞める年の税金をどう調整したかは辞める年にふるさと納税をどう調整したかに、住まいをどう決めてきたかは持ち家か賃貸かで、私は悩みませんでしたに書いています。

この記事の制作について

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