2013年11月17日の昼12時24分、私は妻にこう送っています。
「今日、せっかくのチャンスだったけど、説明会を聞いて、SPIと面接を受けずに出ちゃったよ…」
会場まで行って、話を聞いて、試験を受けずに帰りました。
この記事に書くのは、そのときの判断と、そのあと4か月続いた転職活動が、どう終わったか。転職ノウハウではなく、決まらなかった側の記録です。
※企業名は書きません。2013年当時の話であり、いまの各社の評価にはならないからです。
帰ると決めた理由を、その場で書いている
6分後、私はもう1通送っています。原文です。
「話聞いてみて、すごく興味があるし、やりたい環境ではあるけど…今の、自分の方向性がまだクリアーにはならないままは、受けられないな。と、思ってさ…」
そして、こう続いています。
「ひとまず、今日は辞退して帰ります!! 来週も、別の試験なので、会社の試験終わったら、もう一度しっかりと考えをまとめて、臨んでみる!!!」
興味がない、とは書いていません。「すごく興味があるし、やりたい環境」と書いたうえで、受けずに帰っている。
「方向性がクリアーではない」とは、何だったのか
その5日前の11月12日、私は16項目の紙を書いています。「自分は、どうしたいのか」という見出しの、長いメモです。
その中身は29歳のとき紙に16個書いた記事に全文を載せました。
16項目のうち、6つは自分で採点できないものでした。「どこでも使える人材になりたい」「心から誇れる仕事」。何がどうなれば達成なのかが、書いていない。
11月17日に会場で起きたのは、それが表に出た瞬間だったと思っています。
説明を聞いて、面白いと思った。その次に来るのが「自分はここで何がしたいのか」で、そこに答えがなかった。
💡 「志望動機が書けない」というのは、その会社を調べ足りないのではなく、自分の側が決まっていないことのほうが多い。私はそうでした。会社の情報はいくらでも集まりますが、集めても志望動機にはなりません。レストランのメニューを何時間眺めても、お腹が空いていなければ選べないのと同じです。
会社の試験は、4日後だった
ここが、当時の状況です。
| 日付 | できごと |
|---|---|
| 11月12日 | 16項目を書く |
| 11月14日 | 他社の面接を1日に2社 |
| 11月17日 | 説明会の途中で帰る |
| 11月21日 | 勤め先の昇進試験 |
| 11月24日・27日 | 別の会社の面接 |
| 12月18日 | 昇進試験に合格 |
11月17日のメッセージには「会社の試験終わったら、もう一度しっかりと考えをまとめて」と書いてあります。
外を受けながら、中の試験の準備もしていた。その月の話は昇進試験と転職の面接を同じ月に受けた記事に書きました。
そのあと、活動は4か月続いた
途中で帰ったところで終わりではありません。むしろ、そこから増えています。
- 12月:ある会社からオンライン面接の案内。本社に呼ばれて画面越しに面接
- 12月24日:別の面接。「意外にも長引いた」と書いている
- 1月:試験
- 2月6日:英語の試験。「20分で、6つの日本語を英訳するんだけど、専門的すぎて、ドギマギしてもーた」
- 2月:週に2社の面接が入る日程
4か月、動いています。そして、どこにも入りませんでした。
断った理由が、記録に残っている
2月12日、紹介会社からこういうメールが届いています。
「辞退という事でございますが、もう1度だけ提案をさせていただきたく、ご連絡をさせていただきました」
私が辞退したほうです。
翌日、私は妻にこう書いています。
「面接や調べる中で、コールセンター主体の業務であるのなら、断るつもり!! けど、今までの経験を活かして、コールセンターに囚われないような、業務効率の改善業務などに携われるのなら、考えようかなー」
11月と比べると、言葉が具体的になっています。「方向性がクリアーではない」ではなく、「この業務なら断る、この業務なら考える」になっている。
3か月で、ここまでは進んでいました。
終わり方は、あっけなかった
2014年2月26日、私はこう送っています。
「転職は、ローンを借りた後の方が、いいみたいー」
家を買う話が動き出して、転職活動はそこで止まりました。その3週間後にマンションの価格が決まり、6月に引っ越しています。
その判断については住宅ローンと転職の順番の記事に書きました。
4か月の活動は、面接に落ちて終わったのではありません。別の予定に押し出されて終わった。
そして私は、そこから12年、同じ会社にいました。
途中で帰った日、妻は何と言ったか
ここは書いておきたいところです。
翌日の11月18日、妻からこう届いています。
「わたるくん…ちょっと残念やけど…次やね わたるくんならできるぞー!応援団長が言うから大丈夫ー!!」
残念だとは言われました。そのうえで、次、と書いてある。
その1週間後には、こうです。
「単に転職した先輩、人生の先輩、お金稼いでる先輩…違う人に会えば、たくさんの刺激受けるし、向上心もでるよな? たくさん吸収しといでやす」
会社を勧めてこない。人に会え、と言っている。
そして翌年2月6日、面接の朝にこう送られてきます。
「昨日お風呂で聞いた軸で話しておいでやす」
「軸」という言葉が出てきます。前の晩に私が話したものを、覚えている。
11月には「方向性がクリアーではない」と書いていた私が、2月には人に説明できる軸を持っていました。3か月かかっています。そのあいだ、相手をしていたのは妻です。
転職の相談先というと、紹介会社の担当者を思い浮かべます。あの人たちは、決まらないと仕事になりません。構造上、そうなっている。
「今日は受けずに帰った」と言える相手が、別にいるかどうか。そこは、けっこう効きました。
途中で帰るのは、悪い判断だったのか
いま振り返って、11月17日は間違っていなかったと思っています。
準備が足りないまま受けても、通らないか、通っても答えが出ません。その場で帰ったのは、判断としては正しい。
問題は、そのあとです。
「考えをまとめて、もう一度臨む」と書いて、まとめきる前に4か月が過ぎました。面接は受け続けています。数だけ見れば、活動は活発でした。
動いていることと、決まっていくことは別です。
同じところにいる方へ
使える形にしておきます。
| 確かめること | 私の場合 |
|---|---|
| 帰る判断は、その場で書き残したか | 書いた。だから13年後に読める |
| 「方向性がクリアーでない」の中身 | 採点できない目標が6つあったことだった |
| 断る基準を、言葉にできているか | 11月は無理。2月にはできていた(3か月かかった) |
| 活動の量 | 4か月、面接は続いた。量は問題ではなかった |
| 終わり方 | 落ちて終わったのではない。別の予定に押し出された |
いちばん書いておきたいのは、最後の行です。
転職活動は、たいてい決着ではなく中断で終わります。私は「ローンのあとにする」と決めて、そのまま12年やりませんでした。
中断だと思っているものが、実は終了だった。そこに気づいたのは、ずいぶんあとです。
※この記事の日付とやりとりは、私自身の当時の記録です。応募先の企業名・紹介会社名は書いていません。採用の基準も選考の内容も、会社と時期によって変わります。
※この記事は転職を勧めるものでも、思いとどまらせるものでもありません。判断材料として置いています。
会社を辞めた話は昇進が決まった年に会社を辞めた記事にあります。

